落伍者の日記

ただの詭弁です。

営業マンより風俗嬢の方が偉いと思う

最近就活生と話す機会が何度かあった。

こないだまでチャラチャラしてた奴がきっちりリクルートスーツ着て「御社を志望した理由は」なんて言っている光景を想像すると就職なんて放棄して大学を辞めた人間からするとちょっと面白いが、当の本人達は早くも疲弊仕切っている。

今回はそんな人達に対して思うことがあるので少し書いてみる。

僕はほとんどの仕事はただの遊びで、してもしなくてもどっちでもいいと本気で思っている。

大学一年生の時にマーケティングを習い、どう消費を促すか、魅力的な商品とはサービスとはどんなものかと講義する教授達の話を聞き、マーケットの争いや過剰なまでに人間の欲望を膨れ上がらせ本来必要の無い消費を促す今の資本主義に疑問を感じ始めた。

それがきっかけで前に本当に必要な仕事がどれだけあるのか考えてみたことがある。
別にスマホがなくたって生きていけるし、家電メーカーだって無くなったら確かに困るけど生死に関わる訳じゃない。娯楽産業なんて言うまでもない。
そうして本質的に無くてもいいものを削っていくと、最後に残ったのは第一次産業とお医者さんだったり最低限の公務員だったりみたいな社会インフラに関わる仕事だけになった。
要はほとんどの仕事は生活を少し豊かにしているに過ぎない。

言ってしまえばただの遊びだ。

もう少し掘り下げて考えてみる。
例えば家電メーカーなんかは確かに人々の生活を便利で豊かにしたが、それによって家事の分担や協力することの必要性が無くなり、家族で暮らすということの合理性を低下させたというふうにも考えられる。
家電製品は生きるということに他者と協力することの必要性を消失させ、人間関係の希薄化を招いているということを考えると、無くてもいいどころか、不便ではあるがむしろ無い方がよかったのかもしれない。
人間関係の希薄化を進めたという点ではインターネット関係など他の多くの仕事に対しても同じことが言える。

これが原因となっている社会問題も少なくない。

「社会貢献したいからNPOとか行きたいな」みたいなことを意識高い系に言うと「企業が存続してる時点でそこにはニーズがって、社会の役に立ってるんだよ」みたいなことを上から言ってくるけど、それは間違ってる。
多くは自分達で勝手にニーズを創出して社会の役に立っている気になっているだけで思い上がりだ。

そんな仕事は遊びと同じで、遊びに必要はない。

働かなければいけないというのは資本主義が創り出した幻想だ。


今回タイトルにした「営業マンより風俗嬢の方が偉いと思う」に関して言うと、営業マンは自社の製品なりサービスをそれまでは無くてもどうにかなっていたところに利便性などを武器に本来無かったはずの不必要な消費を促しているに過ぎない。
それに対して風俗嬢は性欲という人間が必ずもつ本能的な欲求を充たすための真っ当な仕事と言える。
女性に相手にされず性欲を処理する事が出来ない男達の最後の手段である。
もし風俗が無くなれば性犯罪も増加するだろう。治安維持にも貢献しているということになる。
資本主義が浸透するよりも遥か昔からこういった仕事があったことからしてもどちらが世の中に必要かは明白だ。

資本主義が人々の欲求を膨れ上がらせた結果行きすぎた消費社会ができ、暮らしを豊かにするための道具であるお金に振り回されている人が多すぎる気がする。

さらに言うなら、仕事の中には世の中を豊かにするどころかブラック企業やなどのような人の大事な部分を侵食してくる企業まである。

もちろん現実的にお金が必用だからみんな働くわけだが、その仕事のほとんどは新たな不必要な欲求の拡大や他社との消費の奪い合い、マネーゲームにすぎない。

人は幸せになるために生きるべきであって、仕事はそのために必要な一つの要素にすぎず、しかもたかが遊びだということを認識するだけでも少しは人生が良いものになるではないか。
仕事に人生を奪われているようでは本末転倒だ。

資本主義が悪いといっているわけではない。僕はむしろその恩恵をたくさん受けているので大好きだ。
ただその中で生きる人間自体が成長しなければいけない。



自分の意見に賛成してほしいわけではないが、一度立ち止まって考えてみても良いのではないかと思う。
自分にとっての幸せとはなんなのか。

社会的地位があれば幸せだろうか?
好きなことをしていれば、人生を楽しんでいれば、お金があれば、美味しいものが食べられれば、好みの相手と性行できれば、幸せだろうか?

幸せは人それぞれ。
本当にそうだろうか?

僕は絶対に違うと思っている。

本当の幸せとはなにか。これについては以前のブログで書いているのでそっちを読んで欲しい。

旅人が考える本当の幸せ - 腐れ大学生の世界一周貯金




ともかく、同調圧力や課された仕事が終わらないなんてことでサービス残業なんかして大切な時間を無駄にするのは資本主義に操られてるにすぎない。
現実的に仕事が終わらないと周りに迷惑がかかるとか、家族を養う責任があったり社会的地位を失うのが怖いとかもちろんわかるけど、たかが遊びのために自殺や過労死するなんてバカげてる(そんな人達がバカだと言っているわけではない)。
縄跳びができなくて自殺する人や過労死するまでおにごっこする人なんていない。

確かに会社などに所属せずに自力で生計を立てることには能力が求められるし、リスクが高いこともまた事実だ。
現実はきっと、僕が思っている以上に厳しい。現に僕は貧乏だ。今は家のガスだって止められている。
端から見たら大学辞めて落ちていった奴だろう。刹那的だと笑われるかもしれない。
それでも僕は、とにかく今は夢を叶えるためだけに生きたい。そして、叶えるために生きている今はとても幸せだ。



僕がこんな生き方をするようになったきっかけは、やはりバックパッカーとして旅をしてきたからだと思う。

電車が来ない、宿がない、スマホが使えない。めっちゃ不便!超大変!
でもそんな不便の中に人の暖かさがあったり、旅の面白さがあったり。
旅は便利=幸せじゃないんだなって身をもって感じられる。
同じ山を登って同じ場所から同じ景色を見ても、ロープウェイで登ったのと徒歩で登ったのでは見える景色も感じることも全く違う。ロープウェイで登って見た景色なんてせいぜい綺麗だなくらいだ。苦労してみる景色には比べ物にならない価値がある。

登山も旅も人生も同じだと思う。

もしもどこでもドアなんて発明されたらクソ便利でクソ無意味な世の中になるんだろうな。


異国の知らない土地でぼろ宿に泊まって、目的もなく知らない道を歩いて、偶然出会った道端の子供たちと遊んで、海辺で夕日に感動して。そんなことしている内に心に付いた余分なものは削ぎ落とされて、不便や困難の中にも幸せを見いだせるようにもなって、気がつけば当たり前だった日常が少しだけカラフルになってたりする。
そーすると目先の便利さや欲求に惑わされず本当に大切なものが見えてくる。
運が良ければやりたいことも見つかるかも。



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一人旅だと自分と向き合う時間も増えて、自分についての理解も深まる。

わざわざ就活のために自己分析なんてする必要ない。



だから自分がどんな人間かもよくわからず、やりたいことも特に無く、いやいや就活して疲れきってる人と話すと一年くらい休学して、世界中旅でもして自分としっかり向き合った方がいいんじゃないかと本気で思う。
多少周りに迷惑かけてでも。




それにピラミッドとか世界中の美しい景色とか生で見たくないですか!?笑
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ゆみかさんの写真勝手に引用(笑)



まあ自分を基準に考えるのはよくないし、みんないろいろあるんだろうからとりあえず冗談っぽく「一旦就活なんてやめて旅しちゃえば!?」って言ってみたりするんだけど、当然相手にされないから暇潰しにこうしてブログに書くってゆー「遊び」。


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